Workshop and Lecture

マチエールからつくる銅版画

募集要項


■募集内容
転写した下絵を細いニードルで時間をかけて繊細に描画するという方法ではなく、腐蝕液を使ってダイナミックにマチエール(絵肌)を作り、そこから自由に発想していく作品作りに挑戦します。腐蝕液の力を使って間接的に生み出される予想外のマチエールからは、きっと新しいイメージが湧き上がることでしょう。また、マチエールを削るためのスクレーパーの製作も併せて行います。彫ったり、削ったり、版と格闘することで生まれてくる表現を体験していきます。

■はじめに
この講座では、ただマチェール(絵肌)の作り方を紹介し、制作するということではなく、自分にとっての絵肌(マチェール)がどんなものなのかを各自が探り、発見していく手助けになれたらと考えています。腐蝕というブラックボックスを使っての制作は、自らの意思のみでは押さえ込めない、自然と人間の関係に似ています。 思い切ってこれまでの制作方法から一度離れてみる。また違う角度から近づいてみる。 腐蝕液は新しい自分の表現・イメージの構築を隣人のように助けてくれることでしょう。 「思い通りに進まない不自由さを楽しむこと。最初のイメージに固執しないこと。」このことは私自身の人生哲学に依っています。 腐蝕液が作り出す一期一会の造形を活かし、制作した刃物で一ミリの厚さの銅板の反対側が見える位、 版と格闘し潜在する自分自身の表現を探してみてください。

大矢雅章

横浜美術館市民のアトリエ・ワークショップ「マチェールからつくる銅版画」
日時:2007年1月12日~3月30日 1/12~3/30 14:00~16:30 金曜日(全12日間)
定員:定員15名
受講料:29.000円




講座詳細



1月12日:1週目

□私の制作スタイルとデモンストレーション
私の制作方法と考え方の関係。腐蝕技法で作ることの出来るマチェールの紹介。

私の制作スタイルについて
・ 銅版画との出会いから現在の制作スタイルに移行するまで
・ 観察と発見の驚き

作家の哲学と制作スタイルの関係
・ 下絵との曖昧な境界線について
・ 腐蝕銅版画について
・ 腐蝕の力とのバランス感覚。
・ 完全にコントロールするということの先にあるもの。
・ 自然と共にある制作リズム。
・ 既製概念からの解放   

デモンストレーションによる腐蝕技法によるマチェールの制作の紹介
・ クレヨンを使ったマチェールからの制作
・ 塩ビ版を使った表現
・ グランドに水を蒔く・塩を蒔く
・ 黒ニスによる描画
・ 松脂を使った表現 等

1月19日:2週目

□下絵とテストプレートでのマチェール制作
下絵(素描)の考え方とテストプレートを使ったマチェールの制作を行います。下絵は絵の具やインク、クレヨン、スケッチブックなど個人の好きな材料を持って来て下さい。大まかな下絵(素描)からイメージをつかみ制作する方法を紹介します。テストプレートでは多くの実験を試みてください。このプレートはテストプレートして使用しますが、腐蝕によるマチェール制作は場合によって時間がかかりますので、本番用のものと平行して制作すると今後の講座時間内の制作が効率良く進められます。    

1月26日:3週目

□道具作りについて
ほとんどの方が、銅版画に使用する道具は画材屋さんで購入したと思います。スクレーパー(三角形の刃物)は銅版を削る際に無くてならない道具ですが、この道具を上手く使って版の凸凹を削りとることは難しくて出来ないと思っている方が多い筈です。これは刃物の角度が使い手に合っていないためです。この講座ではマチェール(凸凹)を削り取るために、この道具を自分の手に合わせて制作します。道具を知ること。これも表現の幅を広くするための大切な行程です。今回は材料に鉄の三角ヤスリを使用します。    

制作行程
1. 素材への焼き鈍し
高圧バーナーで真っ赤になるまで熱してからゆっくりさますことで、鉄が柔らかくなります。    
2. 成形
電動工具(グラインダー)などを使用して大まかな形を作ります。    
3.成形2
紙ヤスリ240・500番などを使って細かいキズをなくすための研磨をします。    
4.焼き入れ
高圧バーナーで真っ赤になるまで熱してから水に入れて急冷します。これにより柔らかくなった鉄が硬くなります。    
5.成形3
紙ヤスリ1000番・エメリーペーパーを使って焼き入れの際についたキズや汚れを研磨します。    
6.焼き戻し
焼き入れで硬くなった鉄を、再度バーナーで熱し油の中で緩やかに適度な固さに戻します。銅版画に適した硬さ、個人の好みがあります。    
7.刃付け
研磨石で研ぐ事で刃がつきます。    

使用材料
三角ヤスリ・紙ヤスリ240 / 500 / 1000番
エメリーペーパー・サラダ油・バーナー・電動グラインダー    

2月2日~3月16日:4週目~10週目(7回)

□本番用プレートでの制作
マチェールを自由に作って、削ったり腐蝕したりの繰り返しで制作を進めて行きます。その行程から生まれる試し刷りを見てイメージ出来る新しい自己表現を作品にして行きます。マチェールの制作には個々にアドバイスを行います。試し刷り素描を加えることでイメージを発展させ、完成を目指します。    

制作行程案:このような進め方が初めての方は参考にしてください。

4週目:下絵の制作と最初の腐蝕
最初の腐蝕が深すぎると後々の行程に無理がでます。長くても最初は30分程度の腐蝕時間から始めると削り取りの作業が行いやすいでしょう。出来上がりが予想出来ない場合はここで一度試し刷りを行います。次週までに試し刷りに素描を加えて方向性を検討します。    

5週目:試し刷りからの展開
試し刷りに素描を加えて方向性が見えてきたら、先週作ったマチェールを意識しながら新たなマチェールを加えて行きます。偶然出来たマチェールを重ねて行くことで深みのある凹凸が出来てきます。腐蝕の時間は30分以下が目安です。    

6週目:作品としての方向性を探る
画面の中にはこれまで見たことのないような面白いマチェールが出来ているはずです。しかしこれでは作品としては形になってこないでしょう。作りたい下絵がある方はそろそろ、下絵に合わせてマチェールをスクレパーを使って整えて行きましょう。下絵の決まっていない方は、試し刷りからイメージ出来る不思議な世界から新しい自身の世界を作ってみましょう。    

7週目:作品としての方向性を決めていく
作品の方向性が決まったら、今度は線や面を入れて見ましょう。エッチングによる線が入ることで、全体の作品としての形がつかめてくるはずです。またアクアチントによる表現を加えることで色彩の幅が出てきます。また試し刷りをして見ましょう。    

8週目:思い切って作品を壊していく
豊かな色調をもつ漆黒や重厚な凹凸を感じさせる表現はただマチェールを積み重ねて出来るものではありません。複雑に積み重なった細かい凹凸が光りを反射することで見えてきます。ここまで作ってきたマチェールに思い切って新しいマチェールを加えたり、全体にアクアチントをかけてスクレーパーで削ったり、バニッシャーで研磨してみてください。    

9週目:再度作品としてまとめていく
大きく画面が変化し、漠然となってきますが、ここから最初の下絵や途中の試し刷りをみて細部にわたって形にして行きます。エッチングによる線描を多く加えていくのも良いでしょう。ここでも試し刷りを行います。    

10週目:最終的に仕上げていく
最終的な試し刷りを見て、最後の加筆を加えて行きます。ドライポイントを使っての直接的な描画が加わると、表情が豊かになってきます。    

3月23日:11週目

□刷りについて
版画は刷りによって大きく変化します。インクや紙を変えることでその刷り上がりは別のものになって行きます。製版の状態とインクや紙の関係についてお話ししたいと思います。    

3月30日:12週目

□刷りと制作感想
仕上がった作品について皆さんでお話ししたいと思います。講評会という位置づけではありません。    

上記の日程はあくまでも予定です。みなさんの進行によって予定を変更する場合があります。ご了承ください。

講師の所感

銅版画というと細密画や挿絵を思い出す人が多い。これは大昔に作られた作品のイメージが、そのまま今でも刷り込まれているからだと思う。そして初めて腐蝕銅版画を習う場合も大方、細い針のようなニードルでだれでもが一生懸命に描画をするという作業を経て、一枚の作品が出来上がる場合が多い。銅版画ってこんなもんだとイメージがその辺で出来上がるのである。そこからなかなか抜け出せないのと、他の表現方法を知らないので、変化させたくともどうして良いか分からないのである。銅版画の講座というと、初級はあっても中級という位置づけの講座が少ないように思う。少し作業になれたら、いろいろなことを試してみたと思う気持ちが芽生えるはずだ。今回はそんな中級の方々に対しての講座として開講した。    

昨今の現代銅版画表現は多岐に渡り、これが銅版画の表現かという作品もある。私自身が制作する場合、綿密な下絵を転写して版をつくることはまずない。大方のイメージはあるが、あとは腐蝕液との共同作業でもある。私は、いつも偶然が好きだからだ。腐蝕液は思わぬ効果を生み出して、作者の意図を広げてくれる。これが私の好むスタイルだ。今回はそんな腐蝕によって、偶然出来るマチェールから作品を紡ぎ出す制作の方向性を、受講生に体験して頂いた。受講生の方々は最初、余りに多くの手法をデモンストレーションで見たため、少し混乱したようだったが、それぞれの好きな手法が見つかったようで、何回も気に入るまでテクスチャの練習をして、そこからイメージを膨らませたようだった。多くの方が、クレヨンでの描画とマジックインクでの表現が気に入ったようで、クレヨンも自身で様々な種類を購入し実験する受講生も出るなど、導入としての過程は成功したと思いたい。    

これまでの制作スタイルを無理に講座に持ち込む方が少なく、初心に返っての自由な遊びから生まれるテクスチャは収集がつかなくなるほどの方もいて、版の上で遊ぶ楽しさを知って頂けたかとも思う。なんども繰り返し作ったマチェールから自分で作った道具で削りだして表現を作る作業は、初めて体験する方も多く、彼らにとってとても難しい課題だっただろう。それは格闘しながら完成に近づく楽しみを知り得たと同時に、産みの苦しみも同時に体験したことで、これまでの制作を振り返る機会になったと思う。そのためにどうやって進めたら良いかという課題に自身でぶつかっただろうが、あえてそこへ向かって欲しいと願ってもいた。作り出す喜びはこの辺りを乗り越えることで産まれるものであると知って欲しかったからである。この点はこの講座のもっとも重要なポイントと位置づけていた。    

最終行程の刷りではインクを調合、色刷り、雁皮刷りを行ったりして、最終的に完成した作品は、試行錯誤がよく見える格闘しながら制作した作品が並んでいた。どうなるか分からないおもしろさは、分からないという不安でもあるが、それを克服しようと講義外の時間も使って制作した作品は完成度の高いものもあり、充実した時間だったことが伺える。    

一つ方向性を決めて進んでいく制作の方法も、このような自由な航海を楽しむ方法も、同じ銅版画の表現だ。あまり固く考えないで、この講座を通じて表現の幅を広げ、個性が十分に発揮出来る表現方法を見つけた方もいたように思う。ある程度基礎をしっかり学んだあとで、このような講座を経験することは自身の幅を広げる有効な機会になると受講生の作品から感じることが出来た。初回から私も受講生の方々と足並みをそろえて公開制作をおこなったが、それが受講生にとって刺激でもあり、理解の手助けになったと終了後に伺うことが出来た。毎週少しずつ制作を進める作業は私のスタンスには合わなかったが、ひとつひとつ行程を説明しながら、進める制作は私自身にとっても非常に貴重な機会となった。    

以上