冬の良く晴れた日に、里山だった森の中を歩いた。子供の頃によく遊んだこの場所は、大人になった今もその一つ一つに思い出深い場所だ。 幼少の頃は入ると出口の見えない鬱蒼とした雰囲気を持っていたが、近年は近隣の開発もあってぽっかり残った、残され島のような風景になっていた。 しかしその森も、この冬を最後に開発されることなった。

森の営みはそれを知ってか、知らずか、今年も多くの団栗を産み落とした。この森に住むすべてものの母なる大地である腐葉土の羊水も、彼らをあたたかく包み込んでいた。最後の日がくるまでは何一つ変わらない平穏な風景だ。羊水の中から僕の手で、このライフカプセルに移送された種子は、この場所の記憶を受け継ぐ数少ない乗組員達。大きな一つの意思から生み出された命は、箱船に乗り行き先のない旅に出る。故郷を失った彼らが漂着した場所で、幸運にもカプセルから種子が取り出され再生がスタートすることがあれば、それはこの箱船が誰かの秘かな興味を引き出した奇跡の結末だろう。僕はそれを望んでいるが、果たされない願いだろうと思う。

これまでの一世紀同様に何事もなければ、このいくつかは生命として誕生しただろう。たくさんの誕生からたった一つ二つ無事成長する生命は、人も植物も同じ運命という名の産物だ。運命の分岐点に立ち、巨木の分身となった小さな生命体は、箱船に揺られて静寂の眠りについた。
いつ再生の声を聞くか知らずに。

幾星霜を超えて、この手のなかに眠る箱船には、僕の原風景が眠っている。
僕にとって、この小さな窓が見せる風景は、万華鏡のように時々に変化し、いつまでも心の琴線に触れる光景を見せてくれることだろう。

2006年11月20日 大矢雅章

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