□時間の流れを測る定規としての箱

アトリエの表にあすなろの木が2本並べて植えてある。この2本の木は意図的に並べて15年前ほどに父が植えたものだ。有名な小説にちなんで家族旅行の折りに遠方から購入したことを覚えている。この木は同じように植えてあるが同じようには育たない。毎日観察しているが、ときに曲がったり、また真っ直ぐになったりと不思議と落ち着かない。そんな折り、父と雑木林の一角にある杉を伐採した。この杉林は他のクヌギなどと異なりほぼ均等に植林されている。植林され30有余年経つ杉林は山の斜面に今なおほぼ均等にその姿を残しているがいろいろな事情で間伐されていく。流れゆく時間のなか変わらない姿で時を静かに重ねる木は、同じ時間を過ごすその生命の植林に携わり、またその終わりに立ち会う人間との時間が静かに交差する接点である。枯れているので間伐するはずの木は鋸をいれるとまだみずみずしく呼吸をしていた。続くはずである時間を第三者の都合で終わりにする無謀を体感した。    

非常にものぐさな性格の僕は人に誘われて体験する事が多い。 2003年の夏に八景島の青灯という所に黒鯛釣りにつれていってもらった。 はじめて行く海の上にポツンと浮かぶ明治時代に建造された防波堤はなんとも奇妙な所だったが、海について本当に詳しく説明してもらったので広い海のどこに魚がいるのか不安な僕も安心した。どうやら魚はいるらしい。竿先の先に広がる風景と過ぎゆく時間は様々な興味を掻き立てる。ふと防波堤をみると、とにかく長い。どのくらいの長さがあるかは分からないが遠くの人は小人のようだ。唐突に海を二つにわけるこの道の風景はなんだかとても感動した。よく見ると右と左では色が異なる。同じ海なのに不思議だ。海は同じ顔を見せない。一期一会。

隔てられた時間と風景。連なる思いと過ぎて行く時間。2つの出来事は幾星霜のなかのほんの一瞬のこと。今という時間は細い糸のようなもの。過ぎ去った時間は積み重さなった層のようなもの・・・・・。迫り来る未来は打ち寄せる波のようなもの・・・・。
宇宙(そら)は自らの手の中にあるのかもしれない。

大矢雅章 2003

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